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野球好き塾講師のブログ

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TOEICの勉強や西武ライオンズの雑感とか

中学受験指導のドラマ 完結

エキサイトブログを使っているので、エキサイトブロガーさんの多くは中学受験について記事を書かれている方が多くいらっしゃいます。仲良くさせていただいているブロガーさんの記事を拝見しながら、うわー中学受験って大変そうだなーなだと思っていた矢先にまさか、自分が中学受験を担当することにはなるとは思いませんでした。とかいいつつ、昨年の正月あたりにもしもうちに中学受験の子が来ることになったらというシュミレーションの記事をちゃっかり書いていたのですが。

すっかり書かなくなっていた中学受験をすることにした生徒の記事ですが、先日無事に第一志望の中学に合格することができました。過去の日記を見返していると、5月の連休前にオーナーから中学受験の生徒の担当してほしいとお願いされ、知識ゼロから中受の社会の知識を詰め込んでいったわけですが、まあ何とかギリギリまにあったかなあという印象です。なにせ、冬期講習の直前の時期にインフルエンザに感染してしまい(巷でとても流行っています。塾関連の方々や受験生はくれぐれも気をつけてください)講習で提唱した増加のコマ数を消化することなく本番を迎えるという、教える側としてはとてもハラハラさせてくれる展開になりました。ただ、この子の場合は志望校をたった1つだけ受けるということにしたため、直前は志望校に特化した形でトレーニングをすることができました。3年分の過去問を実施し、たまたま試験の前日が社会の授業だったたので、最後に扱ったのは資料問題と、国会遺産などの時事ネタ対策です。とにかく写真を見せて答えさせる問題が多いので、該当するテキストの問題を扱い、わからなかった部分は中学の教科書で調べさせました。中学受験の社会を指導して思ったのは

中学の教科書が最高の参考書ですってことでしょうか

資料をまとめたようなものがうちの塾にはなかったので、苦肉の策として中学教科書で代用したのですが、ほとんど全ての問題がこれで解決してしまう。また、ルビもふってあるので小学生でもある程度理解することは可能である。ある意味では、中学受験の指導をすることによって改めて学校教科書の凄さを再確認できました。

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もともとは、こんな理由で志望校をかなり無謀といえる旧帝大を目指すようなS1中学を志望していたのですが、中学受験をやっていくさなかで、自分がやりたいのは演劇ということに気づき、近隣のなかでは唯一演劇部があるS2中学に志望を変更したのが夏休み中盤。これがこの子のターニングポイントだったと思います。最初は、なかなか感情を表に出してくれない子だったので、リアクションがとりづらくどうしたものか?と困っていたのですが、お母さんがそれに対していろいろ動いてくれたのでしょう。少なくとも秋以降では、授業の中でも余裕が出てきたのかよく笑うようになりました。そもそも、役者になりたいっていった時点で、テキストを音読させるときも、「じゃあ、そこニュースキャスター風に読んで」とか、「じゃあ、そこの部分は女優になったつもりで朗読して」とか、そういうメリハリをつけさせることで取り組ませていました。片頭痛持ちの子だったため、欠席が多くて、思ったように進まず教えるこちら側としても焦りもありました。そのあたりは臨機黄変にカリキュラムを変更し、何とか過去問に到達したのが11月中盤。もともと、S2中は主要2教化を重視するところなので、社会の出来に比べたら、それほど悪くない。年度によって5割、6割と差が出るが、これはいけるだろうという感じは最後までなかったけど、何とか一発で合格してくれました。

さて、中学受験といえば、自分の恩師である富田先生の息子さんの話をしないわけにはいきません。詳しくは『キミは何のために勉強するのか』という本のなかに書かれているのですが、先日富田先生がその息子についての思いを吐露していました。少し長い話ですが引用させてもらいます。

私も(既に成人してその他大勢の一人になりつつありますが)また子を持つ親であり、自分の子供のことは恥ずかしながら誰よりも心配していましたしまた成功を願っておりました。しかも私は教育を生業にする者です。でも、その私がどれだけ力を尽くしても、愚息が常に本人の望む通りの道を歩ませてやることはできませんでした。そのあたりを少しお話したいと思います(息子の許可と同意を得ているわけではありませんので、あくまでの父親の主観ということをお断りしておきます)。

幼稚園の頃から、息子は知性に当たる面以外に、特筆すべきものを持たない平凡な少年でした(親にとってはかけがえのない子です。それは今も変わりません)。勿論知的な面でも、天才的なところは全くなく、親の欲目を除けばごく並の子供だったと思います。父親としての私には思うところがあり、できるだけ幼いうちに息子が一人でどこにでも行けるようになって欲しいと思っていました。それもあって電車通学が必要な私立の小学校に入学させたわけですが、これが彼に与えた影響は、どちらかと言えば否定的なものだったと思います(決して学校が悪かったというわけではありません)。その学校には確かに優秀なお子さんもおいでになりましたが、それに及ぶはずもない息子も、いつの間にか自分もそれだけの才能があると思い込むようになりました。その小学校では有名中学に合格するお子さんが多く、息子もそれに乗せられて受験するといい出しました。勿論、本人には受験のなんたるかが分かるはずもなく、ただ皆と同じポジションを維持したかっただけです。塾に通い始めますが、彼には勉強の意思はありません。当然のごとく成績も伸びず、どこにも合格できない状態が続きました。勿論、できれば合格させてやりたいと思いました。でも、する方法がわからないのです。勉強のやり方は教えられても、勉強するという意欲そのものは与えることができない、と私は正直に告白させていただきます。自分の子供でさえそうです。このままでは受からないことは分かっている。親としては、子供を泣かせたくはないので、できれば合格という結果は得てほしい、と思いましたが、何しろ本人が勉強に身が入らないのだからどうにもなりません。いくら理屈で勉強しないとどうなるかを説いたところで、本人が実感できないのだからどうにもならないのです。なのでそのまま放置しました。文字通り放置です。私がしたことはただ一つ。滑り止めは受けさせないことでした。別に何も強いる必要はありませんでした。本人はそういう学校には行きたくないので、ちょっと誘導すると簡単に「受けない」といい出したからです。超難関私立と国立、まあ受かるわけがないですね。事実全て失敗。こちらとしてはある意味作戦通りでしたが、内心とても心配でもありました。もしこれをきっかけに完全に自信喪失してしまったらどうしよう。公立中学に行って、トンチンカンな発言をして級友を傷つけ、虐められたりしたらどうしよう。不安は尽きませんでした。でも、何もできないのです。繰り返しますが、私は教育業界で禄を食む者です。でも、何もできませんでした。ただはらはらして見守る以外何も。

中学に行き、これも私の思う壺ではありましたが、息子は結構ショックを受けたようです。これまでのような利発さを競うような環境では全くなく、勉強に関心さえない子供さんもいる。勉強が少しできたくらいでは誰にも尊敬されない。それがどのように彼の中で作用したのかは分かりません。ただ、それがちょうど彼の中で自我が芽生えることと時期が重なり、色々精神的に成長したのでしょう。彼はそれなりに勉強をし始めました。一人では続かないからと自分で近所の友だちを募り、私に英語を教えてくれと言うようになりました。高校進学は自分で意図した学校に合格し、そこで募った友だちをまた連れてきて高校3年生の時にも私のところに英語を教わりに来ました。そして結果としては現役で東大に入りました。「東大に入った」という結果だけを見れば世間的には成功です。また、知性以外にたいした才能を持たないであろう息子にとっては、単にブランドとしてではなく、知的刺激をより受けやすい環境である東大に入れたことは良かったのは間違いのないところです。でも、「どうやって息子さんを東大に入れたのですか」という質問には私は答えられません。私としては、彼が自らの意志で歩き始めるのをただじっと待っただけです。小学校の時にうるさく言ったのは、計算と漢字の書き取り、特に訓読みだけです。あとは求められた時に英語を教えたこと。私が英文法講座で受講生の方々に教えるのと全く同じような内容です。中学生の息子とその同級生がそれを理解したのですから、それは難しい内容ではありません。彼らが求めるなら、私はその求めに応じて与えられる知恵と道具を持っています。でも、彼らが何をすれば求めるようになるのかは私には全く答えがありません。私はただ、小学校で一人で電車通学をさせた時から、いざという時は自分で考えて行動することを求め続けました。いずれは一人になるのだと、私はいなくなるのだということを、押し付けがましくならない範囲で伝えるようにはしていましたが、それが効果があったのかどうかも私にはわからないというのが正直なところです。

ただ、一つはっきりしていることがあります。例え親と言えど、子供の人格を変えることはできないということです。だからどこかで突き放すしかない。親が先回りをしてお膳立てをしても、子供さんは踊りません。いくら親が子供の自主性を取り繕っても、本当の自主性でない限り続きません。そして続かない限り、その子供さん本人がその報いを受けるのです。親である我々は、わきまえなくてはいけません。我々の方が先に死にます。死んだら何の手出しもできません。だから、どこかで突き放し、子供の復元力に期待する他はない。覚悟を決め、腹をくくらなくてはなりません。心配し、悶々とし、はらはらし、もどかしさに気が変になりそうになる。それが親の勤めなのです。親たるもの、それをしなくてはならない。それがこの世に産み落とした者の果たすべき最大の義務です。(中略)


勉強は決して楽にできるようになるものではありません。面白さがすぐに分かるほど容易なものは、それだけ底が浅いものです。本当に奥深いものは、そう簡単に秘密の花園には入れてくれないのです。本人が、本当に入りたいと思い、それに対して力と尽くすことを厭わないようにならなければ、何も真実の姿をうかがい知ることはできません。そこまでして知りたいのか、どうか。結局はここに尽きます。最初に「やりたい」と思うことはほとんど誰にでもできます。問題はそれを継続できるかどうか。誰でもできることではないからこそ、やり切った者にはそれに相応しい能力と場合によっては栄誉が与えられるのです。誰でも手に入る楽しみなら、ディズニーランドに行けばよいのです。並びさえすれば、順番が来さえすれば誰でも楽しめます(決してディズニーランドの楽しみを貶める意図はございません。その点はご理解を賜りますように)。でも、この世界にある秘密の多くは、たかだか数千円の入場料と数時間の待ち時間では手に入るものではありません。それだからこそ価値がある。(中略) 親御さんとしては、ご心配でしょうが、あなた様のもとに生まれてこられた子供さんですから、きっと大きく花開く時が来る、そう信じていただいて、励ましと刺激を与えるにとどめ、無用な口出しと甘やかしをぐっと堪えるという仕事をこれからもお続けいただきたいと心より念じております。

あと、もう1つ中学受験についてふりかえるなら、面談の際に伝えたのは、試験には運もあるため、志望していた中学に通らないこともある。また、本気で努力したいたならなにせ小学生なのでショックも大きいかもしれない。ただ、そのときどんな言葉をかけるかでその子の今後が決まるのではないか。要するに

お母さん、やはり子供は母親で決まるんだよということです。


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by masa717h | 2018-01-18 01:30 | 指導雑感 | Comments(0)